「歯磨きは毎日しているから大丈夫」――そう思っている方がほとんどではないでしょうか。しかし、歯周病菌は通常のブラッシングが届かない場所、バイオフィルムの深層に潜み続けています。そしてその菌が、糖尿病や脳血管障害など全身疾患のトリガーになることが、近年の研究で次々と明らかになってきました。
さらに驚くべきことに、「噛む」という日常的な行為が記憶力や認知機能に深く関わること、鼻呼吸ができないことが学習能力に影響を及ぼすことも、科学的に示されています。口の中の健康は、全身の健康と切り離せないのです。
ホソカワミクロンが東京科学大学と10年以上にわたって取り組んできたPLGAナノ粒子の研究は、そのバイオフィルムの奥深くへ直接アプローチするという、これまでにない発想から生まれた技術です。
今回は、共同研究を牽引してきたお二人の先生に、研究の背景から日常の口腔ケアへのメッセージまで、詳しくお話を伺いました。

小野 卓史 先生
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
歯科矯正学を専門とし、咀嚼・呼吸・咬合といった顎顔面口腔機能が脳や全身へ与える影響を研究。咀嚼と記憶・認知機能の関係を解明した研究で、2018年に国際歯科研究学会誌「ジャーナル・オブ・デンタル・リサーチ」の最優秀論文賞であるウィリアム・J・ギーズ賞を受賞。
歯科矯正の枠を超えた口腔機能医学のアプローチを追求している。

石田 雄之 先生
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 助教
ホソカワミクロンとの共同研究を主導。矯正歯科を専門とし、歯の再植・移植後の組織再生促進や歯髄保存を目指した研究に取り組む。抜歯窩や移植部位への抗炎症的介入による治癒改善を探究し、臨床応用を見据えた基礎研究を精力的に進めている。

左からホソカワミクロン㈱マテリアル事業本部長 執行役員 笹辺 修司、 マテリアル事業本部 製薬・美容科学研究センター センター長 笹井 愛子、 小野先生、石田先生
石田先生:私は、ホソカワミクロン社のご支援のもと、PLGAナノ粒子の口腔疾患への臨床応用を見据えた基礎研究に取り組んでおります。
小野先生: 私は長年、歯科矯正学と口腔機能が全身へ与える影響を研究してきました。現在はPLGAナノ粒子を用いた、低侵襲で効率的な口腔疾患の制御技術の臨床応用を目指しています。
石田先生:共同研究の経緯をたどりますと、東京大学先端臨床医学開発講座の故鈴木淳一先生から、核酸医薬をご紹介いただいたことが出発点です。当初、歯肉への導入に別の手法を用いていましたが、その後、心血管系の外科手術で使われていたPLGAナノ粒子シートを歯周組織に応用できないかというお話をいただきました。これを契機に、約10年前に鈴木先生を通じてホソカワミクロン様をご紹介いただき、PLGAナノ粒子の口腔内応用の検討を開始しました。
その後、自家歯移植への応用を視野に本格的な共同研究へと発展しました。矯正歯科の立場から、歯の再植時の歯周組織の炎症抑制や、抜歯後の歯槽骨の萎縮予防を目的として、核酸医薬のキャリアとしてPLGAナノ粒子を活用してまいりました。
石田先生: PLGAは、乳酸とグリコール酸からなる共重合体で、体内で加水分解され、最終的に水と二酸化炭素となり体外へ排泄されます。体内に残留しにくい安全性の高い材料として、DDS(薬物送達システム)のキャリアに広く利用されています。
成分をゆっくり放出する「徐放性」を持たせられる点も大きな魅力で、それが現在も研究を継続している理由です。
石田先生:免疫反応や毒性が少ないことはこれまでの多くの報告で示されており、口腔内で使用する材料としても非常に安全性が高いと考えられます。
私たちの研究においても、抜歯窩や再植部位へPLGAナノ粒子と抗炎症性の核酸医薬を適用することで、炎症が抑制され組織再生が促進されることを確認しています。
歯科診療で使用するフッ素が適切な範囲で安全なように、PLGAについても歯磨剤のような用途であれば問題ないと考えております。
※いずれも現在進行中の研究領域であり、関連性が報告されているものです。
小野先生: 歯周病は、歯と歯茎の境目にたまったプラーク(バイオフィルム)によって歯周組織に炎症が起こり、歯を支える骨が徐々に壊されていく病気です。矯正治療では歯にブラケットと呼ばれる装置を付けますが、装置の周りは歯が磨きにくくなるため、歯肉の炎症が起こりやすい環境になります。また、歯周組織に炎症がある状態で歯を動かすと歯を支える骨がさらに減少してしまうことが知られており、日々のセルフケアや専門的なフォローアップの必要性が一層高まります。加えて、 歯周病菌が脳血管障害や糖尿病などの全身疾患に関与する因子になり得ることも明らかになってきており、決して見落としてはいけない部分です。
小野先生:私が学生の頃は、「ブラッシングだけで歯周病の8割ぐらいは防げる」と言われていました。「歯周病のリスクの8割までは患者さん自身でコントロール可能であり、残り2割を歯科医や歯科衛生士が専門的な器具を使ってケアする」と。
石田先生: ブラッシングは歯周病の最も基本的な予防方法です。ただ、同じようにブラッシングしていても、体質や口腔内の細菌の種類などによって効果が変わってくることも分かっています。
セルフメンテナンスとしては、歯ブラシだけに頼るのではなく、歯磨剤や洗口剤を組み合わせて行うのが最もよいのではないでしょうか。
日本人で「正しいブラッシングができている」とされる方は、非常に少ないという調査データがあります。歯ブラシの角度や当て方、力加減など、正しい磨き方は意外と難しいもの。歯科医院でのブラッシング指導を受けることが、口腔ケアの第一歩です。
石田先生: 抗菌成分であるIPMPに加えてPLGAナノ粒子を配合すると、このナノ粒子がバイオフィルム内部へ浸透することで、IPMPをより深層の細菌にまで届ける効果が期待されています。「バイオフィルムの深層へのアプローチ」という発想は非常にインパクトがあり、従来とは一線を画す考え方だと感じており、私自身も注目しています。
低刺激で使いやすく、今後は炎症性疾患などへの有効成分を加えた製品展開の可能性も感じており、非常に興味深いです。
小野先生: PLGAの大きな利点は「徐放性」です。うがいで流されやすい従来のケアの弱点を補い、長時間効果を持続させる点は、非常に合理的な仕組みだと言えます。
小野先生: ペットというと、特に犬や猫を飼われていらっしゃる方は多いと思います。犬や猫にとって歯周病は非常に深刻な問題ですが、中でも猫は、3歳以上の猫の約7割が罹患している※と言われており、そこから全身疾患、特に猫に多い慢性腎臓病の悪化因子となることが近年の研究で明らかになっています。
腎臓のゴミを掃除して機能を維持する役割を担う「AIM」というタンパク質があるのですが、猫は先天的にこのAIMが機能しにくいため腎不全になりやすいのです。歯周病による慢性的な炎症負荷が加わると、腎臓へのダメージはさらに加速します。
「そういう動物を助けたい」と、私の高校の1期先輩の宮崎徹教授がつい最近、東京大学を辞めて、猫の腎臓病のコントロールをする研究所を立ち上げられました。この技術が、宮崎先生が目指されていることに加えて猫の健康のためのサポーティブなアプローチになるのではないかな、と期待しています。
※Huitson, K. (2022). Oral care and the reduction of periodontal disease in companion animals. Veterinary Nursing Journal, 37(3), 34–39. British Veterinary Nursing Association.
石田先生: 現在取り組んでいる研究の一つに、歯髄保存を目指した研究があります。根尖が完成した歯を移植した場合、通常は根管治療が必要となり歯髄は失活してしまいます。
移植歯に抗炎症的な介入を行うことで歯髄の失活を防ぎ、治癒や予後をさらに改善できないか、その可能性を探究しています。
小野先生: 石田先生が進めている歯髄保存の研究に加え、PLGAナノ粒子を用いた核酸医薬による炎症制御技術を、局所の治療だけでなく全身の慢性炎症を抑えるアプローチとして広げていきたいと考えています。特に、歯周組織の炎症状態にあるマクロファージ(免疫細胞)をPLGA核酸医薬によって修復モードへ誘導する技術は、口腔ケアを通じて全身の健康寿命を延ばす次世代のアプローチになり得ます。また、猫の腎臓病モデルにおける口腔ケアの介入効果など、獣医学領域とのクロスオーバーな研究展開も今後の重要なテーマです。
石田先生: 口腔ケアは日々の積み重ねです。「千里の道も一歩から」という言葉の通り、継続が何よりも大切です。「歯磨きがうまくできていないかも」と感じる部分があれば、定期的なチェックを受けたり、最新の研究成果に基づく道具や材料を積極的に取り入れたりすることをぜひ検討してみてください。
小野先生: 口の健康は、単に「歯を残す」ことだけが目的ではありません。口腔内の慢性的な炎症は、静かに、しかし確実に全身の臓器へ負担をかけ続けます。これは人間もペットも同じです。今回ご紹介したPLGAナノテクノロジーのように、「表面を洗う」ケアから、「深層のバイオフィルムや炎症の源により直接的にアプローチする」ケアへと技術は進化しています。科学的根拠に基づいた最新のテクノロジーを賢く日常に取り入れることが、10年後・20年後の自分自身、そして大切な家族であるペットの健康を守る確かな一歩になると、私は考えています。
【注記】
本対談は2026年4月20日に実施し、掲載内容は先生方の監修・承認を経ております。
本記事に記載の研究内容・効果に関する記述は、現時点での研究に基づく見解であり、製品の効能効果を標榜するものではございません。
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